「私たちの生活学校」156号掲載
 

子育て情報誌を支えるもの
群馬県前橋市・NPO法人市民メディアぺぱーみんとかんぱにー
はじめに

 2005年3月25日。「元気になあれ!!はっぴーMAP」と題する「群馬の子育て情報誌いきいきシリーズ」の雑誌が発刊された(写真参照)。ページをめくると、目次には「特集 みんなに便利、親子でうれしい“はっぴー”タウンマップ」、「子連れで行ける県外・県内日帰りスポット」、「ママのリフレッシュ&スキルアップ」、「サークル紹介コーナー」等々の見出しが並ぶ。どれも子育て中の親たちにとっては見逃せない情報である。
 0歳から小学校低学年くらいまでの子どもを持つ親を読者として、年間約3000部発行されるこの雑誌。どのような組織から生まれ、いかなる特徴をもち、何によって支えられているのか。これらの点について掘り下げていってみよう。


「NPO法人市民メディアぺぱーみんとかんぱにー」の素顔

 「群馬の子育て情報誌いきいきシリーズ」(以下「いきいきシリーズ」と略)を発行しているのは、「NPO法人市民メディアぺぱーみんとかんぱにー」(以下「ぺぱ」と略)である。「ぺぱ」とはいかなる組織なのか。ここでは、「ぺぱ」の素顔に迫っていく。
 なお、以下では2006年1月に行なった「ぺぱ」代表理事である荒川香苗さんへのインタビュー調査(事例調査)の内容を主に取り上げる。ただし、12月と2月に荒川さんから伺った話も補足的に利用した。参考資料として、「いきいきシリーズ」の子育て雑誌のバックナンバーと、「ぺぱ」のホームページ(http://www.pep-net.gr.jp/)を利用した。
(1)活動の経緯
 「ぺぱ」には、どんな生い立ちがあるのであろうか。「ぺぱ」の活動の軌跡を示すと表2のようになる。前橋に引っ越してきた転勤族の夫を持つ3人のお母さんたちが、家庭教育学級で知り合う。不慣れな地域での子育てに悩んでいた3人は、1991年に「ぺぱーみんとかんぱにー」を結成し、地域の子育て情報誌を作りはじめる。翌年、「前橋のいきいき子育てハンドブック」と題した創刊号が発行された。こうした雑誌は、当時はまだ珍しく、全国で2番目の刊行だといわれ、地域密着型の子育て情報誌の草分け的な存在であるといえよう。
 そして、1999年には、NPO法制定をきっかけとして、社会的な責任を取ろうということでNPO法人になる。名称は「市民メディアぺぱーみんとかんぱにー」となった。「市民メディア」という名称が付けられたのは、「市民がつくるメディア」という意味と、「生活者という視点から日常生活に根ざした情報を扱う」という意味があるという。誌面には、色々な人が集まってきて世間話をしながら情報交換をするというような井戸端会議的な雰囲気が色濃くあらわれている。
 1991年に結成してから2005年まで、14年間に渡り13冊の「いきいきシリーズ」が発行された。今では、群馬県で子育てする人なら誰でも知っているくらい知名度抜群の子育て情報誌となった。
(2)目的と活動内容
 「ぺぱ」は、どのような目的をもっているのか。活動の目的は、「ぺぱ」のホームページに掲載されている定款に明記されている。それを抜粋すると以下のようになる。「第1章 総則 第3条 この法人は、すべての人が安心して子どもを育てられることや、次世代をになう子どもたちが健康でかつ広い視野をもって育つこと、すべての人が21世紀の社会づくりに参画できるように、乳幼児・子ども・高齢者・病弱者・障害者・妊産婦・外国人などの社会的弱者まで配慮したユニバーサルデザインを基本概念とし、『市民による公平かつ客観的な情報提供』及び『市民およびそのネットワークの交流の場の提供』及び『市民が要望するまちづくり案の行政機関への提供』をめざすため、情報誌、デジタル情報ネットワーク、情報データベース、交流サロンやイベント、施策データベースなどを提供し、かつ普及させる事業を行うことにより、市民の幸福に貢献し、公益の増進に寄与する事を目的とする」。
 現在の主な活動としては、「いきいきシリーズ」の子育て情報誌の発行が大きな柱であるが、それ以外にも「ぐんま子ども子育て学(楽)会」の開催や、サークル情報の収集・提供も行っており、幅広い活動に取り組んでいる。
(3)運営方法
 「ぺぱ」は、どのように運営されているのであろうか。スタッフの構成、運営会議、運営資金の三つの側面から探っていく。
 まず、スタッフの構成についてみてみると、2005年の最新刊の雑誌作りに中心的に関わったスタッフは約15名で、地図や絵の作成のみに関わったスタッフを加えれば合計で20名程度になる。これまでの雑誌作りも同様の人数であるという。現在のスタッフの年齢構成は、20代が3人、30代が8人、40代が5人、50代が1人である。スタッフには、専業主婦の方や子育て中のお母さんが多いという。
 なお、スタッフのなかに理事がいる。理事は、活動を1年以上一生懸命活動した人なら、誰でもなれることになっている。現在は、第7期の役員として、代表理事1名、理事10名、監事1名の体制になっている。理事は、「いきいきシリーズ」の雑誌作り、「ぐんま子ども子育て学(楽)会」、サークル情報の収集・提供等の活動の担当責任者になり、仕事を統括している。
 次に、運営会議についてみてみよう。運営会議は、月に1回2時間程度行っており、いつも約10名が参加しているという。雑誌のコーナー企画は、運営会議でスタッフにアイデアを出してもらい、それを検討した上で内容を決定し、担当を決めていく。
 最後に、運営資金についてみてみよう。「ぺぱ」の主な収入としては、雑誌の売り上げ、広告収入、寄付の三つである。ただし、寄付は少ないので、実質的には、雑誌の売り上げと広告収入で、雑誌の印刷代と事務所の家賃を何とかまかなっている状態だという。そうした点では、豊富な活動資金がある訳ではない。
 ただし、助成金を獲得できたときは、子育て情報誌づくりだけではなく、多様な活動も行っている。例えば、社会福祉医療事業団平成11年度子育て支援基金で事務所にインターネットサーバーと端末を設置したり、国際コミュニケーション基金平成12年度補助事業で「ぐんま子育てネット」を開設・運営したり、日本財団平成12年度助成で「群馬ファミリーガイドブック」を4か国語(英語、スペイン語、ポルトガル語、中国語)に翻訳したり、社会福祉医療事業団平成15年度助成金で「子ども子育て講座」(全10回)を開催したり等々があげられる。こうした、助成金を獲得できれば、これからも雑誌作りだけではなく、多様な展開が可能であるといえる。


「群馬の子育て情報誌いきいきシリーズ」の内側

 「ぺぱ」が発行する「いきいきシリーズ」の特徴は何であろうか。ここでは、二つの点に絞って取り上げていく。
(1)孤独な育児にさようなら
 「いきいきシリーズ」の特徴の一つ目は、家庭で一人で育児をしている母親をどうにか解放したいという意図の存在である。「いきいきシリーズ」の誌面には、必ずといっていいほど「タウンマップ」(遊び場マップ等)と「育児サークル情報」が掲載されている。それは、子連れで行けるお店や遊び場等々の地図を掲載して、一歩でも外に出て、家で閉じこもりきりになる状態を解消してあげたいという思いがあるからである。また、「育児サークル情報」を紹介することによって、子どもの友だちとママの友だちを作ってもらい、お互いに交流し合うことでわが子と二人っきりの状態を解消してあげたいという思いがあるからである。こうした情報を掲載することで、孤独な育児からさようならするための方法を読者に提供しているのである。
(2)多様な子どもを大切に
 「いきいきシリーズ」の特徴の二つ目は、「多様な子どもを大切にする」視点の存在である。「ぺぱ」は、その目的にもあるように社会的弱者へ配慮することを大切にしている。そうした姿勢は、「いきいきシリーズ」にも反映されており、障害者をもつ子ども、不登校の子ども、病弱な子どもといった多様な子どもを取り上げ、そうした子どもたちへの理解を深める手だてを提供している。例えば、障害をもつ子どもという点では、「障害児サークルコーナー」(Vol.11 2003年 25-26頁)、「障害児の生活支援 part2」(Vol.12 2004年 88-90頁)というコーナーで取り上げている。また不登校の子どもという点では、「不登校の相談窓口 不登校の子のフリースペース」(Vol.9 2000年 42-43頁)、「不登校 学校へ行けない子・行かない子」(Vol.13 2005年 90-91頁)というタイトルで、さらに病弱な子どもという点では、「病児保育ってなぁに?」(Vol.11 2003年 40頁)、「アレルギーなんて怖くない!」(Vol.13 2005年 86-87頁)というタイトルで記事を掲載している。こうした内容を積極的に取り上げ、一人一人の子どもを大切にすることで、多様な子どもをもつ親を勇気づける貴重な情報を送り届けているのである。


「群馬の子育て情報誌いきいきシリーズ」を支える秘訣

 長年にわたり「いきいきシリーズ」の子育て情報誌を発行してきた「ぺぱ」。その活動を支えていた要因は何だったのであろうか。ここでは、組織と個人に着目する。
(1)ゆるやかな組織
 「ぺぱ」の組織自体に、活動を継続させる要因があったのではないか。それは、一言でいうならば、出入り自由な「ゆるやかな組織」である。
 まず、入口をみてみよう。「ぺぱ」のスタッフになるきっかけは様々である。「本読みました」と突然事務所に来る人。「ぺぱ」が主催する「ぐんま子ども子育て学(楽)会」等のイベントに参加していて、イベント終了後に入りたいと希望する人。別の場所で知り合ったスタッフの紹介で入ってくる人。当の荒川さんも、創刊号を見て関心をもち、近所の同じ生協班の人が「ぺぱ」のスタッフをやっていたので、そのツテで93年に入ってきたという。このように、様々なきっかけから、誰でも気楽にスタッフになれるのである。
 次に、出口をみてみよう。スタッフを辞める理由も様々である。家族の転勤、引っ越しでスタッフを辞める人。わが子の子育てが終わったのを機に雑誌作りも辞める人。最近多くなってきたのが、家計を支えるために仕事を始めるようになり、雑誌作りを辞める人である。雑誌作りでは、交通費と僅かな原稿料しか得られない。それよりは、より多くの収入が得られるパートの仕事を選ぶという。そうした経済的な理由からスタッフを辞める人が増えているようである。いずれにしても、辞める人も、それぞれの理由から自由に辞めていくようである。
 さらに、活動を一時的に休止する人もいる。出産などで、今回の雑誌作りには参加できないという人もいるという。
 入る人、出る人、休む人など、スタッフの出入り(入れ替わり)が多い組織であるといえよう。くっついたり、はなれたりする人がいるなかで、活動のできる人が、自分ができる範囲内で参加して、雑誌作りの活動を組織として継続させていく。組織のあり方としては、会社や役所のような官僚制的な組織とは対極にあり、そうした立場からみると心もとない組織として映ることであろう。しかし、そうした「ゆるやかな組織」であったからこそ、専業主婦でもあり子育て中でもある母親が、長年にわたって活動を継続させることができたのではなかろうか。
(2)自己実現の場
 「ぺぱ」の活動を支えてきたもう一つの要因は、「自己実現の場」を提供し続けてきたことである。
 前述したように、雑誌作りで得るお金は、パート収入よりも少なく、経済的な意義はあまりない。経済的な動機付け以外の何かがないと、雑誌作りはやっていられないのである。それでは、「ぺぱ」のスタッフは雑誌作りにどのような意義を見出しているのであろうか。
 それを調べるために、「いきいきシリーズ」の最後のページに毎回掲載される「編集後記」を取り上げる。そこでは、雑誌作りに関わったスタッフの気持ちが吐露されている。いくつか紹介してみよう。「のんびりゆったりと自分の事だけを考えて過ごすことも出来たはずなのに、『何か人の役に立ちたい』そう思って飛び込んできたぺぱーみんとの世界。9年間ありがとう」(vol.10 2001年)。「人の役に立ちたい」という気持ち。これこそが、利益を求めず子育て雑誌作りをしているスタッフの原点ともいえる思いなのではなかろうか。ここに、雑誌作りの活動に関わる第一義的な理由を見つけだすことができる。
 しかし、雑誌作りに関わる意義は、それだけではない。広い意味での「自己実現」の一つとしての意義を見出しているスタッフもいる。「編集後記」の続きをみてみよう。「原稿の他にほんの一部の地図を担当した私。簡単なようですが、白紙から一本の線を引く難しさを思い知らされました。久々に達成感を味わえました」(vol.9 2000年)。「走り続けて早7年。卒業の年です!!。本誌と共に成長出来、様々な事を学びました。これからも培ってきた経験を糧として次のステップに進みたい・・・。皆様、こころをこめて本当にありがとう」(vol.10 2001年)。「デザインの仕事をはじめて8年目。今までで一番徹夜の多い、でも一番『たのしい』仕事に出会いました。この出会いに感謝です!」(vol.10 2001 年)。「はじめて参加させていただきました。少しだけですみませんが、初DTP体験はレイアウト好きな私にとって新しい発見の宝庫でした☆☆」(vol.11 2003 )。雑誌作りを通して、「達成感」、「成長」、「楽しさ」、「新しい発見」といった、個人的な充実感を得ることができる。こうした「自己実現」したいという気持ちも、雑誌作りに励む意義になっているといえる。
 荒川さんも、こんなことを語ってくれた。「(「ぺぱ」の活動は)『○○ちゃんのお母さん』でない世界を求めたり、『自分』を出せる場となっている。それに、育児だけだと社会から離されているような感じがして。雑誌作りの活動をすると社会とつながっている感じがする」。こうした話からも、家庭という孤立した空間に閉じこもっていた母親が、雑誌作りの活動を通して、新しい世界と出会い、社会との接点を見出し、「自己実現」を図っている様子が伺える。
 「人の役に立ちたい」という気持ちを踏まえた上での「自己実現」したいという思い。これが、雑誌作りに駆り立てる意義であるといえよう。別の見方をすれば、「自己実現」させてくれる場として、雑誌作りの活動が位置付いているということである。「自己実現」をかなえてくれる魅力があるからこそ、「いきいきシリーズ」の雑誌作りに多くの人を引きつけてやまない所があるのであろう。そうした個人の「自己実現の場」を提供し続けてきたことが、「ぺぱ」の活動を支えてきたもう一つの要因なのである。
 「ゆるやかな組織」と「自己実現の場」。この二つの要因がうまく機能している限り、「ぺぱ」はこれからも活発に活動を続けていくことであろう。


おわりに

 核家族化や地域崩壊が進むなか、育児方法の伝承や、育児の悩みを共有する仲間作りが難しくなっている。そうした社会状況のなかで、子育て情報誌の果たす役割はますます大きくなっている。市民の「いきいきシリーズ」への期待も高まるばかりである。
 荒川さんとお会いして、すごくパワフルな印象を受けた。その荒川さん曰く、「元気は伝染する!」らしい。頑張って活動している育児サークルを取材して元気のある人に会うと、その人から元気を分けてもらい、自分も元気になれるのだそうだ。だから、「元気は伝染する!」と。そうした元気が「読者の方にも伝わるといいな」(vol.5 1996年「編集後記」)と願う荒川さんが編集する子育て情報誌が、多くの人の手に渡り、育児に悩む親たちの問題解決の糸口となることを願う。