「私たちの生活学校」156号掲載
 

親子で学ぶ「教室」づくり
群馬県前橋市・こねこクラブ&ひよこクラブ
はじめに

 群馬県前橋市に、幼稚園就園前の子どもをもつ親たちから人気のある、二つのグループがある。南橘公民館で活動している「こねこクラブ」と、元総社公民館で活動している「ひよこクラブ」である。
 この二つのクラブの誕生には、代表である井上貴美枝さんが深く関わっている。「こねこクラブ」が発足した1998年、井上さんは、幼稚園の年少に入る子どもを抱えて、地元である前橋に引っ越してきた。そして、新たな環境のなかで「子どもに友だちをつくってあげたい!」という思いから、活動場所を探し、友だちに声をかけて、「こねこクラブ」を立ち上げたのであった。その後、翌年(1999年)には、「こねこクラブ」に参加していた元総社地区の人の要望を受けて、元総社公民館で「ひよこクラブ」を立ち上げている。当初は、子どもの友だち作りのために作られたグループが、乳幼児を育てている母親たちの支持を受け、他館での活動へと広がっていったのである。
 こうした経緯で始まった、「こねこクラブ」「ひよこクラブ」(以下、両者をあわせて「こねこ・ひよこクラブ」と表記する)の活動は、現在に至るまで、乳幼児をもつ親から、根強い支持を受けている。今年度も、その人気の高さから、加入希望者が受け入れ人数の枠を超えてしまい、キャンセル待ちの人が出ているほどである。さらに、このメンバー募集の方法も、公民館の館報に一度掲載したのみで、加入希望者のほとんどが、口コミでクラブの存在を知ったという。特に宣伝・広報などをしなくても、両クラブの活動は、乳幼児をもつ親の間でオススメの情報として伝わっているのである。
 それでは、この「こねこ・ひよこクラブ」はどのような点で乳幼児をもつ親の支持を得ているのであろうか。ここでは、両クラブの活動内容から、その理由を探っていくことにする。
 なお、以下では、2006年1月26日に「ひよこクラブ」の活動中に、「こねこ・ひよこクラブ」の代表である井上貴美枝さんに行った聞き取り調査の結果や、両クラブ共通の会報「わんぱくひろば」等の資料を用いていくことにする。


「教室」的な活動内容

 「こねこ・ひよこクラブ」の活動が特徴的であるのは、乳幼児の親子が共に学ぶことのできる「教室」的な役割をもっているという点にある。具体的にいえば、乳幼児に対しては「幼稚園の準備教育」を、親に対しては「子育てに関する学習」や「自主性を養う」ことというねらいをもって、活動を行っているのである。こうした親と子の両方に対する「教室」的な活動が、乳幼児の親子のニーズに合い、支持を受けたものと考えられる。それでは、ここからは親子それぞれに対する活動をみていくことにする。
(1)幼稚園の準備教育
 ここではまず、子どもに対する「幼稚園の準備教育」として取り組まれている活動を取り上げていく。「こねこ・ひよこクラブ」の活動のなかには、集団編成や活動の内容、活動の進行方法など、幼稚園を意識して行われているものが多くみられる。
 まず、集団編成についてであるが、両クラブでは、幼稚園と同様、年齢別のクラス編成がとられている。活動時間は、10時〜11時の間は1歳児を対象としたクラス、11時〜12時の間は2歳児を対象としたクラスというように、対象年齢ごとに時間が区切られている。さらに、1歳児クラスに入った子は、翌年は、2歳児クラスに継続して参加するシステムをとっている。幼稚園と異なり、週1回の活動であることから、2年間クラスを継続することによって、安定したメンバーによる集団活動が可能になるものと考えられる。
 また、活動内容の中にも、子どもたちの「幼稚園の準備教育」というねらいがみられる。以下に示した表1は、毎回の活動の流れと、各活動における親子ならびに井上さんの動きを整理したものである。
表1 活動の流れと親子・井上さんの動き
活動の流れ 親子の動き 井上さんの動き
1.はじまりのうた 伴奏に合わせて歌をうたう キーボードでの伴奏
2.ごあいさつ 「先生こんにちは。みなさんこんにちは」 起立するよう指示
3.出席 名前が呼ばれたら「は〜い」と返事をする 名前を呼ぶ
4.手遊びうた 伴奏に合わせて歌をうたう キーボードでの伴奏
5.メインの活動 (各回によって異なる)
6.おわりのうた 伴奏に合わせて歌をうたう キーボードでの伴奏
7.ごあいさつ 「先生さようなら。みなさんさようなら」 起立するよう支持
8.出席カード シールをもらい,出席カードに貼る シールを渡す・貼る
 表に示したように、両クラブでは、活動のなかに、意識的に幼稚園的な要素が取り入れられている。例えば、「2.ごあいさつ」について、井上さんは、「幼稚園や保育園だと朝のごあいさつっていうのがあって、『先生おはようございます。みなさんおはようございます』っていうのがあるので、それを小さいうちからやっています」と語っている。幼稚園・保育所の活動に習って、「ごあいさつ」を取り入れているのである。
 また、活動の最後にある「出席カード」についても、井上さんは「幼稚園に行くとやっぱり、シールを自分で貼ったりするかと思いますので、幼稚園の準備を含めてやります」と話している。出席カードへのシール貼りは、幼稚園での活動を前もって経験し、準備するという意図をもって、行われているのである。
 さらに、活動の進行方法にも、幼稚園的な要素はみられる。表に示したように、井上さんは、活動の流れに沿って、部屋の前に置かれたキーボードの前で伴奏をしたり、指示を出したりしている。幼稚園でいえば、「先生」としての役割を行っているのである。実際、先にも述べたように、はじまり(おわり)の「ごあいさつ」では、井上さんは「先生」と呼ばれており(1)、名実共に「先生」としての役割を担っていると考えられる。
 加えて、両クラブで行われる季節に応じた行事においても、幼稚園のように、集団活動を生かした教育が行われている。例えば、12月に開かれるクリスマス会や終了会等では、「こねこ・ひよこクラブ」合同でステージ発表を行うことで、多くの人の前で発表する機会を取り入れている。こうした活動は、集団活動の体験・練習になるものと考えられる。
 このように、両クラブでは、就園前から、幼稚園的な活動や集団活動を経験することによって、子どもたちの「幼稚園の準備教育」が行われているのである。
(2)親の学び・育ちをめざした活動
 「こねこ・ひよこクラブ」は、子どもたちだけでなく、親たちの「教室」的な役割も果たしている。具体的には、親たちの「子育てに関する学習」や「自主性を養う」ことをねらって、活動を展開しているのである。
 まず一つめの「子育てに関する学習」というねらいは、親子が一緒になって楽しめる絵本や歌、遊びの紹介といった活動に表れている。
 例えば、両クラブの共通の会報である「わんぱくひろば」には、「今月の歌・手遊び」や「今月の絵本」のコーナーが設けられており、ここで紹介された歌や絵本は、実際の活動のなかでうたわれたり、読まれたりしている。こうした活動を通じて、親たちは、子どもと一緒にうたえる歌や読み聞かせをするのにふさわしい本を知り、各月ごとにそのレパートリーを増やすことが可能となる。
 さらに、表で触れた「メインの活動」は、親子で一緒にできる遊びや活動を紹介する機会にもなっている。この「メインの活動」としては、指スタンプで紙に模様をつける製作や、クリームや果物を使ってクレープの飾り付けを楽しむおやつ作り等、就園前の子どもでもできる簡単な遊びを取り入れている。実際、筆者が聞き取り調査に訪れた日にも、小麦粉や塩といった食用のものを材料とした「小麦粉ねんど」遊びに取り組んでいた。これらの遊びは、その場で親子が楽しむだけでなく、身の回りのものを材料にして、家でも同じように遊ぶことができるものである。
 他にも、「子育てに関する学習」を意図した活動として、親同士が語り合う場の設定がある。月に一度開かれる誕生会のなかに、親たちがおやつを食べながら、おしゃべりをする「おやつ&おしゃべりタイム」という時間帯が設けられている。ここで親たちは、近況報告や日頃の悩みを語り合うなかで、互いに子育てについて学び合うことができるのである。さらに、話の内容によっては、井上さんが育児相談にのることもあり、必要に応じて、先輩ママからのアドバイスも得られるようになっている。
 また、親に対する活動のもう一つのねらいとして、親の「自主性を養う」ことがあげられる。両クラブの活動について、井上さんは、「自分たちでっていうのが基本なので、なるべく自分たちで考えて、協力できるところはしてっていう風にやっていってるんですけど・・・」と話している。一般的に、「教室」的な活動をしているグループでは、参加する親子が、どうしてもサービスを提供されるだけの受け身の存在となる傾向にある。しかし、「こねこ・ひよこクラブ」では、「自分たちで」やることを基本に据え、「自主性を養う」ことをねらっているのである。
 こうしたねらいは、季節ごとの行事等の実施方法に表れている。例えば、メンバーをいくつかの小グループにわけ、小グループごとに、夏まつりの出店や、クリスマス会や終了会での発表内容の企画・実施を担当している。これらの企画や実施という経験を通じて、メンバーたちは、「自分たちで」活動を考え、行動する力を身につけていくのである。
 さらに、こうした活動を通じて「自主性を養う」ために、井上さんが取り入れているのが、小グループ作りという仕組みである。というのも、小グループでの話し合いは、大人数での話し合いに慣れていないメンバーでも意見が出しやすく、気軽に相談をしやすいという利点があるからである。小グループ内で一人一人が自由に意見を出し、それらの意見をみんなで検討することによって、自分たちの活動を作っていくことができるのである。
 このように、「こねこ・ひよこクラブ」は、子どもたちに対しては「幼稚園の準備教育」を、親に対しては「子育てに関する学習」や「自主性を養う」ことをねらって、「教室」的な活動を行っているのである。


活動を支える運営の特性

 それでは、こうした「教室」的な活動を行っている「こねこ・ひよこクラブ」は、運営に際してどのような方法をとっているのだろうか。
 両クラブの運営方法の特徴を一言でまとめると、「代表を中心とした運営形態」である。
 2006年1月現在、「こねこ・ひよこクラブ」は、代表である井上さんと「こねこクラブ」のOBの方の二名がスタッフとなり、運営を進めている(2)。スタッフの仕事としては、活動の準備ならびに毎月1回発行している会報「わんぱくひろば」の作成、資金の管理等がある(3)。
 これらの運営の仕事は、井上さんが中心となって、ボランティアで進めている。実際、聞き取り調査に訪れた日に用いられていた「小麦粉ねんど」は、早朝から1〜2時間かけて井上さんが小麦粉を練り、準備してきたものであった。他にも、「自主性を養う」ための、アンケートの実施やグループ編成といった活動の準備も、井上さんが行っている(4)。子どもと親との双方を見渡した形で、代表自らが運営を進めているのである。
 さらに、こうした代表中心の運営を考える上で欠くことのできないのが、井上さん個人の経験や能力である。井上さんには、かつて保育士をしていた経験があり、現在も、ピアノ・リトミックの講師としての活動を行っている。こうした井上さん自身の資質や経験が、両クラブの活動を支える重要な要素となっていると考えられる。


おわりに

 両クラブは、乳幼児の親から高い人気を得ている。その人気が示しているように、両クラブの活動は、メンバーにとって、楽しみながら、さまざまなことを学ぶことのできるかけがえのない場となっているのである。この活動のなかで、メンバーが一番恐れているのは、大切な学びの場である両クラブの活動が中断したり、終了したりしてしまうことではないだろうか。こういった不安を踏まえて活動を見直してみると、運営を中心的に担う井上さんとOBのお二人に、転居等といった活動を休止せざるを得ないような事態が起きる可能性は十分に考えられる。もしこういった活動休止ということが起きれば、メンバーたちは困り果ててしまうであろう。そうしたメンバーたちの不安を取り除くためには、安定した活動を長期的に行うことができる組織基盤の強化が必要となるものと考えられる。それは、周囲からの期待が高い「こねこ・ひよこクラブ」に課せられた、社会的要請といえるかもしれない。組織の充実を図る手段としてはさまざまなものが考えられるが、その一つがスタッフの増員である。幸いにも、両クラブは活動を開始してから8年以上たっており、活動を通じて自主性を培ってきたOBがたくさんいる。こうしたOBという人材を今以上に活用し、運営にも関わってもらうことは、活動の継続のためには、一考の価値があるものと思われる。
 さらに、両クラブの活動を進める上で、現実的な課題となっているのは、場所や移動手段の確保である。井上さん自身も「場所を確保すること」を活動運営の課題としてあげている。現在、公民館の利用にあたっては、地域のシルバー世代の活動に優先権が与えられており、子育てサークルに場所を貸してくれるところはほとんどないという。また、遠足等のサークル単位の移動の際には、金銭的な面でバスを借りるのは難しく、チャイルドシートの必要から、車の乗り合いもしづらい状態にある。
 こうした課題を解決し、サークル活動を活性化するためにも、公民館や児童館といった公共施設の提供や行政が所有するバスの貸し出し、資金面でのサポートといったシステムが必要となるものと考えられる。こうしたシステムによって、子育てに関わるサークルも、より幅の広い活動ができるものと考えられる。子育て支援活動を活性化するためにも、こうしたサービスの充実が求められるといえよう。

<注>
(1)筆者が調査に訪れた際には、メンバーたちが、日常の活動のなかでも、井上さんに対して「先生」と呼んでいる声を耳にした。井上さんの「先生」としての役割は、普段の活動のなかに浸透しているようである。
(2)大きな行事があるときや、スタッフ二人が他の予定等で参加できないとき等は、子どもが幼稚園に通っていて、午前中に手が空いている両クラブのOBに手伝ってもらうこともあるという。こうしたサポートは、「自主性を養う」活動を経験した両クラブのOBであるからこそできるものとも考えられる。
(3)活動資金は、活動費として月1300円を集めている。この額は、日々の活動の材料や誕生会のプレゼント、季節の行事等、年間を通じてかかる活動費をもとに、計算・設定されている。
(4)こうした「自主性を養う」ことをねらった活動と関連して、井上さんは、運営上の課題として、活動に積極的な人と消極的な人との間で差が出てしまうことをあげている。この問題に対しては、親たちの「自主性を養う」ために、小グループ分けや活動の際等、メンバーそれぞれの性格を見極めて対応しているそうである。